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有斐閣の編集者が新入生におすすめする本:社会福祉学編

こんにちは、有斐閣書籍編集第2部です。

今年は新学期が例年と違うかたちで進んできました。そんななかでも新しく学問に興味をもつ方は多いと思います。この一連のシリーズ記事では、各分野を担当する編集部員に「新入生におすすめする本」を尋ねています。

今回は「社会福祉学編」、編集部のホリに話を聞いていきます。

①分野のかんたんな紹介

――:社会福祉学って、名前のとおり社会福祉について学ぶ学問だと思いますけど、じっさいにはどんなことを学ぶんでしょうか。

ホリ:「福祉」というと高齢者の介護やボランティア活動などをイメージされる方が多いのかなと思いますが、そういったことも含め、さまざまな「生きづらさ」を抱えた人たちが「よりよく生きる」(=ウェルビーイング)ことを支えるしくみが社会福祉です。「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるように、人生のあらゆるステージに社会福祉は関わっています。

――:なるほど。想像していたより関心は広そうですね。

ホリ:複雑な社会問題を抱える現代社会では、かなり対象の広い学問になっています。「生きづらさ」というと少しおおげさなようにも感じて、自分にはそこまでの困難はない、関係ない、と思ってしまう人もいるかもしれないですが、ある日突然病気や事故でそれまでと同じ暮らしができなくなるかもしれない。家庭の経済的な事情で、なにかをあきらめなくてはいけなくなるかもしれない。かつては家族・親族や狭い共同体がそれを支えてきたかもしれないけれど、いまは家族のあり方や生活も多様化していて、だからこそ自助だけでなく「社会」で支えていくしくみ(=社会福祉)がより重要になっているのかなと思います。

――:そうすると、どんな人でも平等に生きられるように、ということを目指す学問と、まずは言えるでしょうか。

ホリ:福祉というのはだれもがかかわること、というのはそのとおりなのですが、その一方で、全員を「平等」に扱えばそれでいいということではなくて、マジョリティの基準から外れたところで生きている人たちへの視点というのが必要な学問でもあると思います。なんらかの事情でスタートラインが違うのに、ゴールは一緒です、特別扱いはしません、というのでは「よりよく生きることを支える」ことにはなりません。

――:それは、たしかにそのとおりだと思います。

ホリ:ものすごく個別具体的な例で恐縮ですが、わたしはとある事情により階段がうまくおりられないため、移動の際エレベーターやエスカレーターを探さなくてはいけなくて、余分な時間がかかります。一緒にいる友達に迷惑をかけて申し訳ないな…と思うと同時に、階段を使ったほうがスペース的に効率がよい、という社会(マジョリティ)の都合にあわせるためになんでこんな苦労をしなければならんのか…と思うこともあります(笑)。

――:なるほど、その視点はなかなか気づきにくいかもしれません。

ホリ:ただこの問題も、これまで車いすやベビーカーで出かけたい!と声をあげてくれた人がいたからこそ、いろんなところにエレベーターが設置されるようになって、どんどん改善されているんですね。そういったことは「特別扱い」ではなくて、いろんな事情を抱えたいろんな人が、それぞれに生きやすくなるように、という配慮の結果だと思います。そういう他者への想像力や、社会であたりまえとされている価値観に「ほんとうにそれでいいのかな?」と一歩引いて考える視点をもち、社会を変えていく(ソーシャルアクション)という側面も、社会福祉という学問のおもしろさのひとつかもしれません。

②予備知識なしに1冊目に読みたい本

――:それでは、学生さんに1冊目におすすめしたい本を紹介してください。

ホリ:はじめの1冊ということですと、有斐閣アルマシリーズの『ウェルビーイング・タウン 社会福祉入門』をおすすめしたいです。

初版はウェルビーイングという言葉がまだそこまで浸透していなかったころの刊行ですが、社会福祉の世界を架空の街に見立てて、いろいろな人生のステージごとに「よりよく生きる」ことに寄り添う社会福祉のおもしろさが、やさしい筆致で書かれています。ほんとうにどうでもいいことですが最近都内某市の再開発地域にできたホテルやショップなどの複合施設が「ウェルビーイングタウン」を売り文句にしていてびっくりしました。ウェルビーイングタウン、実在していた…。

――:実在する「ウェルビーイング・タウン」へようこそ!(笑)。この本、たしかに架空の街(冒頭の表現だと「試行錯誤を続ける建設中のシミュレーション・タウン」)という設定も面白いですし、読みやすそうです。NLAS『社会学 新版』の著者の藤村正之先生も書かれているんですね。

③その次に読むといい本

――:それでは、その次に読むとしたら、何がいいでしょう?

ホリ有斐閣ストゥディアシリーズで、現時点で社会福祉分野のものが3冊でています。

いずれも入門的な位置づけのテキストではありますが、ただ制度の概要がわかるということだけでなく、それらの制度の背景にどんな福祉の理念や価値観があるのか、というところまでひとりひとりが考えられるように意図してつくられています。また、先ほどお話しした「社会を変える」という側面を視野に入れているのも特徴です。

――:貧困問題にしろ、地域福祉にしろ、どれもいま必要とされている分野ですよね。新聞なんかを見てもずっと議論されていますし、時事問題的でもある。

ホリ:あと、なんか福祉ってきれいごとっぽくて苦手なんだよな…という人もいるかと思うのですが、わたしがまさに大学で社会福祉を学んでいるときに読んでものすごく影響を受けた本が『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史、北海道新聞社、2003年)です。刊行自体はかなり前ですが、文庫化もされていて、2018年には大泉洋さん主演で映画化もされました。

筋ジストロフィーという難病を抱え、24時間介助が必要な「他人と生きていく宿命」を背負った鹿野さんのいろんなわがままや笑っちゃうようなめちゃくちゃぶりがつづられていて、ぜんぜん「きれいごと」ではない、他人とぶつかりあい、かかわりあいながら生きるということがそこにあります。

――:そうか、今ならこの映画から入って、社会福祉学の世界に入ることもできるかもしれませんね。

ホリ:これから社会福祉学を学んでみようかなと思っているみなさんも、学びのなかで、ぜひ、これまで見えていなかった、さまざまな「生きること」の姿と出会っていただければと思います。

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